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映画「フューリー」を見た

  • 2014/12/29(月) 00:03:37

本日、映画「フューリー」を映画館で見た。
第二次大戦末期、1945年4月のドイツを舞台に、シャーマン戦車「フューリー号」を駆る5人の米軍兵士の戦いを描く戦争映画である。

本物のティーガー戦車が登場するという事前情報に期待して観に行ったのだが、戦闘描写は予想をはるかに超える大迫力であり、限られた戦力でいかに任務を遂行するかという頭脳戦のおもしろさもあり、まず戦争アクションとして素晴らしかった。
そして本作はそれだけの作品ではなく、戦争の残酷さや惨さを美化せずに描き、米軍兵士、占領地域のドイツ住民、独軍兵士それぞれの人間性を描く、大変見応えのある作品だったと思う。

また細部にまで非常にこだわって作られた作品であり、戦車戦闘について小林源文の劇画や「ガールズ・アンド・パンツァー」「萌えよ戦車学校」などの戦車を扱った作品と比較するおもしろさもあった。

http://fury-movie.jp/sp/trailer.html

デュエリスト-決闘者-(1977年)

  • 2007/05/10(木) 22:28:54

この作品は大学生の頃、友人と一緒に見たもので、彼のおすすめの作品である。

【あらすじ】
ナポレオン戦争の時代、フランス帝国軍の軽騎兵フェロー中尉が、軽騎兵デュベール中尉と些細なことでいさかいを起こして決闘を挑んだ。
以後十数年に渡り、二人は何度も決闘を繰り返す。

【感想】
剣やフリントロック式銃など、当時の様々な武器で決闘するところが特に楽しめた。

19世紀のヨーロッパでは、決闘は珍しいものではなかったそうである。
江戸時代にオランダ商館医として来日し、多くの日本人に蘭学を教えたシーボルトも、顔に決闘の刀傷があったという。

しかし、軍隊内で決闘が頻発したら、軍の維持に支障を来たすような気がする。にもかかわらず、軍上層部が軍隊内での決闘を認めるのは、実弾の飛び交う実戦における勇猛さを維持するためだろうか。

ちなみに日本の戦国時代、戦国大名・毛利元就は、喧嘩をしかけられても抵抗しなかった家臣を潔しとせず、処罰したという(もっとも、多くの戦国大名は喧嘩両成敗を定め、家臣同士の争いの決着を実力でつけることを禁じている)。

この作品は、フランス革命に続くナポレオン戦争の時代を舞台としている。
しかし、「アンシャンレジーム打倒」とか「国民国家の建設」などという、革命の時代を感じさせる描写は、ほとんど無かった。

ただ、執拗に決闘を続けるフェロー中尉の台詞に、「私の皇帝への愛は変わらない」というものがあった。
皇帝とは即ちナポレオンである。
そしてこの台詞は、フランス革命の時代を表しているとも言える。

フランス革命は絶対王政を崩壊させただけでなく、軍隊にも大変革をもたらした。
革命前のフランス王国では、軍は国王の常備軍であり、将校は貴族で占められていた。
しかし革命の進展につれ軍は国民軍となり、貴族出身の将校は姿を消し、代わって平民出身者が将校となっていった。

たぶんフェロー中尉は、革命戦争とナポレオン戦争の申し子である平民出身の将校であり、それ故に「私の皇帝への愛は変わらない」という言葉を言ったのだと思う。