1. 無料アクセス解析

天地人 第1回「五歳の家臣」

  • 2009/01/05(月) 23:37:53

【感想概略】
2009年の大河ドラマの主人公は、部将・直江兼続である。この兼続、戦国時代から江戸時代初期にかけて、戦国大名・上杉景勝に仕えて活躍した人物である。

今回は、戦国時代の越後を舞台に、幼い与六(のちの兼続)と喜平次(のちの景勝)との出会いが描かれ、与六と戦国大名・上杉輝虎(のちの謙信)の出会いが描かれ、父を輝虎が暗殺したのではと疑う喜平次の苦悩が描かれ、与六と母との絆、父との絆が描かれ、幼いながらも弟思いの与六のお兄さんぶりが描かれ、おもしろかった。

今回最大の見所は、腕白で頑固で負けず嫌いだがまだまだ母や父に甘えたい盛りの与六少年の可愛らしさ、まだまだ幼さの残る年頃だというのに自分を抑えて苦悩する喜平次少年の健気さであろう。

阿部寛演ずる上杉輝虎も迫力があり、良い味を出していたと思う。

(以下、09/01/10更新)
【秀吉と兼続】
天正14年(1586年)、大坂城。

天下人・秀吉は、一人の若い武将と対面していた。
この若者、天下人の前でも臆すること無く、涼しげな男ぶりである。
この武将こそ、上杉家の若き重臣・直江兼続である。

秀吉は、兼続の前に砂金を積み上げた。
そして家臣になれと兼続に言い、秀吉に従えば莫大な利を与えると誘うのである。
この砂金の山を見れば、途方も無い富が得られることに嘘は無さそうである。

だが兼続は、迷わずに言う。
主君は景勝のみと。

何と兼続、陪臣の身でありながら、絶大な権力を持つ秀吉の勧誘を断ったのである。
これはこの場で斬られても不思議はない。

秀吉は「よう言うた!」と叫ぶと抜刀。
砂金の山を蹴倒し、兼続に刃を向けた。
だが兼続は、死に直面しても信念を曲げないのである。

【兼続と景勝】
結局、秀吉は兼続を許した。
秀吉にも、何やら思うところがある様子である。

対面の後、兼続は主・上杉景勝と帰路についていた。
景勝は「肝を冷やしたぞ」とつぶやき、薄く笑う。
実は景勝、兼続が心配で堪らなかった様子である。

すると兼続、天下をくれるというのなら考えぬでもないと冗談を言って笑う。
景勝は兼続の軽口に笑みを浮かべ、秀吉の天下は今が盛りと言う。
景勝としては、天下は未だに流動的と考えているようである。

すると兼続はニコニコと言う。
秀吉の天下が民のためにならない場合は、天下取りの戦をしましょうと。
さらに兼続、そのためには大きな道路を作ろう、そうなれば民も喜ぶ、そのためには人手も資金も要るなどと言い、具体的なことまで考え始め、どんどん想像が暴走。
つい、主・景勝より前を歩いてしまう。

さすがの兼続も、主に非礼を働いてしまったと顔色を変えた。
そして膝をつき、神妙に景勝に頭を下げた。

これに景勝、「けしからぬ」というが、少し楽しそうな様子である。

【秀吉と三成】
秀吉は、大坂城の天守閣から、景勝と兼続の主従を眺めていた。
その傍に控えるのは、秀吉の若き側近・石田三成である。

三成は秀吉に言う。
兼続は世俗の欲に染められはしない、故に無駄と進言したのですと。

すると秀吉は、「分かっておる!」と言う。
秀吉は、この件でいわば恥をかかされたのであるが、兼続を益々気に入ったというのである。
そして秀吉はおもしろそうに、「妬いておるのか?!」と三成をからかう。

だが三成は、秀吉が兼続を評価するのも道理といい、兼続が誉められたことを心底喜ぶのである。
これに秀吉、三成ほどの男がそこまで惚れこむことに唸り、つぶやく。
「あの男、まさに天下の器よ」

【戦国の越後】
さて、兼続と景勝の出会いは、二人の子ども時代のことである。

それは、戦国時代の永禄7年(1564年)。
ところは戦国大名・上杉輝虎の治める越後国である。
ここ越後には、30の城が割拠し、これを春日山城を本拠とする輝虎が束ねていた。

そして兼続と景勝の生まれ故郷が、越後の上田庄であり、今回の主な舞台である。
この地域の領主が、坂戸城主・長尾政景であり、景勝の父であった。

政景は、元々は輝虎と越後国主の座を争った武将である。
だが輝虎に帰順して家臣となり、輝虎の姉・桃を、和睦の証として妻としていた。
以後、政景は輝虎の重臣として活躍、桃との間に嫡男・喜平次(のちの景勝)をもうけていた。

【坂戸城主・長尾政景、急死】
さて春のある日。
政景は、国主・輝虎の家臣・宇佐美定満を招いて酒宴を開き、大きな池で舟遊びに興じていた。
ところが政景は、宇佐美もろとも溺死してしまったのである。

政景の家臣たちは、これを越後国主・上杉輝虎の命令による暗殺と見なして激怒した。
なにせ輝虎は、かつて政景と敵対したことがある。
政景の家臣たちとしては、対立感情をそう簡単には水に流せるものではない様子である。

そして政景の家臣たちは輝虎と戦うため、鎧兜に身を固め、武器を手に城の守りを固め、臨戦態勢に突入してしまうのである。

【越後国主・上杉輝虎、関東へ出兵】
この頃、越後国主・輝虎は、重臣と軍勢を率い、関東への軍旅の途上にあった。
輝虎は関東管領の名跡を継いでおり、関東の秩序と平和を守るため、関東へ向けて兵を進めていたのである。重臣たちはみな、歴戦の古強者といった風情であり、頼もしさ全開である。

だが輝虎は、上田庄での義兄・政景の異変を知ると、直ちに軍勢を取って返し、坂戸城へ急行するのである。

【腕白な男の子・与六、好奇心を刺激される】
騒然とする上田庄だが、いくさと聞いて目を輝かせる男の子がいた。
勘定奉行・樋口惣右衛門の長男・与六、のちの直江兼続である。
与六はこの時かぞえで五歳、今なら4歳と数ヶ月というところだろうか。

この与六、腕白坊主だが、小さな弟の面倒見が良く、身体の弱い母・お藤のために泥だらけになってドジョウを捕まえるなど、なかなか心根の優しい男の子なのである。

さて、与六はいくさと聞いてまるでお祭りがはじまるような気分である。
だが、父・惣右衛門はそうもいかず、緊迫する城へ急行する。

残された母・お藤は、与六に、城へは行かないよう言いつける。
だが与六は益々好奇心を膨らませた。
そして与六は、こっそりと城門間近の茂みに隠れ、敵が攻めてきて戦が始まるのを、わくわくしながら待つのである。

【与六、輝虎を目撃】
間もなく上田庄に、疾駆する一騎の騎馬武者が出現。
坂戸城の大手門の前に設けられた、巨大な柵の前に止まった。
何と、国主・輝虎が自ら乗り込んできたのである。

輝虎は刀を抜くと、太い丸太で組まれた柵に斬撃、丸太を両断。
そして足でグイと押すと、柵は轟音を立てて倒壊してしまう。

城兵たちは恐怖し、輝虎めがけて矢を放つ。
何本もの矢が、輝虎の足元に突き刺さった。

さらに一本の矢が、輝虎の顔面めがけて迫る。
すると輝虎、刀を無言で弾き返す。
その矢は、与六の間近に飛んでくるのである。

殺気立つ城兵たちに、輝虎は堂々と言う。
我は城主・政景どのの弔問に来た、道を開けよと。

一方、城へ駆けつけた惣右衛門は、城兵たちの間を回り、攻撃せぬよう制止。
そして家老・栗林政頼に、輝虎は僅かな供を連れているだけ、刀まで置いたのであり、構えを解いてはと訴える。
さらに政景夫人・桃が姿を見せ、重臣たちと兵たちに、輝虎に道を明けるよう言い渡した。

桃は人望が篤いようで、家臣たちは桃の言葉に従い、輝虎を城内に迎え入れるのである。

【喜平次、輝虎を刺す】
輝虎は、政景の亡骸と対面、弔意を表し、桃に気遣う声をかけた。
桃は輝虎に頷くが、政景の一子・喜平次は無言である。

その夜、輝虎は城を去ろうとしていた。
桃と喜平次は、城門まで輝虎を見送り、国主への礼を執る。

ここで輝虎は喜平次に、励ましの声をかけた。
亡き政景のように、良き城主となるのだと。

だが次の瞬間。
喜平次は短刀を抜くと「父の仇!」と叫び、輝虎に刃を繰り出した。

輝虎は、喜平次の刃を手甲で受け止めた。
刃は手甲を貫通、血が流れるが、輝虎は無言である。

これに輝虎の家臣たちは激怒し、抜刀
喜平次を斬殺する勢いである。

だが輝虎は殺気だつ家臣たちを制止、城を立ち去るのである。
後には腰を抜かした喜平次が残された。


(続きは、1/11以後に更新の予定)