1. 無料アクセス解析

スポンサーサイト

  • --/--/--(--) --:--:--

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

風林火山 第38回「村上討伐」

  • 2007/09/23(日) 23:58:53

武田家嫡男太郎、今川の姫と婚礼!
村上義清、武田軍に敗北、越後へ亡命!
義清、長尾景虎と対面!

【感想概略】
今回は、武田と村上の戦いに、ひとまず決着がつくお話である。
久々に鎧武者や騎馬武者の集団が登場したのだが、まずこれだけで視覚的に楽しめた。

そして、武田の調略による村上方の切り崩し、越後へ亡命した村上への長尾景虎の助力など、合戦よりは政略劇がより多く描かれていたが、知勇兼備の武将たちによる知恵比べのおもしろさがあった。

さらに、遂に村上義清が長尾景虎と対面。
いよいよ強者が集結していくおもしろさがあり、これからはじまる長尾景虎と武田晴信との戦いに期待が高まるというものである。

【晴信、村上討伐を決定】
晴信は評定を開いた。
議題は、村上討伐である。

武田は村上に、使僧を送って書状を渡し、和睦を求めたが、拒絶された。
このため村上を討伐するという晴信だが、和睦の内容は、村上の降伏同然のものだったのかもしれない。

【飯富虎昌、村上討伐の時期を進言】
評定の席で、武田家嫡男・太郎の傅役でもある飯富虎昌は、太郎と今川の姫の婚儀は、村上討伐の後にして欲しいと訴える。

晴信に何故かと問われ、飯富は意を決したように晴信に問う。
北条家とも和睦することを考えているのではないかと。
あっさり肯定する晴信。

飯富は続ける。
もし、北条との和睦に今川が異を唱え、今川との婚儀が破棄となれば、太郎の立場はどうなるのか。
武田が信濃を併合して強国となってから、今川と婚儀を行なうことを進言する飯富。

一方、勘助は、村上討伐は婚礼の後が良いと主張。
今川との政略結婚をしてしまえば、信濃の地侍たちの多くは、今川と同盟する武田を強大と思い、武田になびくだろうというのである。

晴信は勘助の意見を採用するが、太郎を大事に思う飯富をねぎらう。
そして、太郎のことは十分考慮して取り計らうと、安心させるように飯富へ言うのだった。

【馬場信春、タカ派発言】
評定の席で、勘助は調略により村上義清を孤立させる作戦計画を確認する。
家臣たちに、異論はないように思われた。

だがここで、馬場信春が晴信に問うた。
今回も戦いでも、調略のみを用い、義清の首をとらぬおつもりですか、と。
馬場は、村上を力で滅ぼさねば、息の根を止められないと強硬な発言である。

晴信は馬場の問いへの明言を避け、散会とした。

【飯富、勘助に念を押す】
評定の後、飯富は、今川とは戦うことはないこと、太郎が武田家の跡取であることを勘助に念押しする。

ここら辺、後の太郎廃嫡以前から、武田家中は、晴信の派閥と太郎の派閥に分裂しつつあるように描かれ、興味深い。

【タカ派・馬場信春VS老将・諸角虎定】
評定の後、諸角虎定は、無駄な血を流さずに勝てればそれに越したことはなかろうと、馬場をやんわりとたしなめる。
戦場を往来すること60数年の諸角の言葉には、重みがある。

が、馬場信春は諸角虎定を相手に、不満をぶちまける。

村上の降伏を許せばその所領は安堵されることとなり、武田家家臣の知行は一向に増えない。
晴信は、調略で活躍する真田幸隆へは加増するが、譜代の家臣は加増がほとんどない。
これでは、武田家中は、戦わずに生き延びることを良しとするようになり、いざという時、武田家のため、命をかけて戦う者はいなくなる。

さらになだめる諸角虎定を、ただ生き長らえることを忠義と思う武将よばわりし、討死した板垣信方や甘利虎泰が不憫という馬場。

これには諸角も腹が立ったようだが、馬場は無礼なことを言いまくった挙句、御免、と一方的に席を立つのだった。
馬場は諸角に恨みでもあるのか?

しかし、上田原の戦いでは、調略を用いずに村上義清と力攻めで戦い、その結果板垣と甘利が討死し、武田軍は大敗している。
そして板垣は、無駄な血を流すことを極力避けようとしていた。
そのことを、馬場はどう思っているのだろうか。

【武田太郎と綾姫の婚礼】
太郎と今川義元の娘・綾姫との婚礼の晩。
勘助は浮かない顔で、静まりかえった屋敷へ帰宅した。
いずれ太郎を追い落とし、四郎に家督を継がせるつもりなので、心が痛むのであろうか。

物思いにふける勘助は、主人公らしく格好良い。
そこへ、すっかり酔っ払った伝兵衛、太吉、太吉の息子たちが登場。
勘助の苦悩など完全無視して、無理矢理酒を勧めるのであった。

さらにそこへ原虎胤の娘・リツが登場。
勘助不在の時に度々屋敷を訪れ、留守を預かる太吉の女房・おくまとはすっかり顔見知り。
リツを何の疑問も無く歓迎するおくまである。

リツは屋敷にずんずんと上がりこみ、勘助に無理矢理酌をし、太吉たちに、「祝いの酒じゃ、歌でも唄って差し上げよ」と命じ、ほとんど人間音楽プレーヤー扱いである。

ここら辺は、勘助が真面目になればなる程おかしかった。

【関東管領・上杉憲政、長尾景虎と再び対面】
越後に逃れた関東管領・上杉憲政は、長尾景虎から府中に館を与えられた。
が、遊女たちを呼んで遊んでいた。

他人の世話になりながら遊興に耽る、ますます困った殿様の憲政である。
討死した嫡男・竜若丸に申し訳ないとは思わないらしい。

そんな憲政の館を、景虎と直江実綱が訪れる。
景虎が来たと聞くと、ちょっと煙たそうな憲政である。

憲政は、いつ関東へ出兵し、北条氏康を成敗するのか、景虎へ尋ねる。

すると、まずは上洛をするという景虎。
室町幕府から越後国主と認められた礼、そして朝廷から従五位下弾正少弼に叙任された礼を述べるためだと言う。

戦国時代に、幕府や朝廷から位を与えられたからといって、わざわざ都へ礼に行く武将は珍しい。
憲政は、景虎の律儀さを笑う。

関東への出兵は上洛の後という景虎。
「それまでは存分にお遊び、いえ、存分におくつろぎ下さい。」と直江実綱。
くつろいでなど…、と渋い顔の憲政。

が、景虎は朝廷から、秩序の敵を退治する許可を得るという。
これには憲政も驚く。

どの国どの時代であっても、大義名分のない戦争は単なる乱暴狼藉であり、人々の支持を得ることは出来ない。現代では、国連の支持を得られない戦争は、国際的に非難され、国際的に孤立する。

そしてこの戦国時代、朝廷から賊徒征伐の許可を得ての戦いこそが、大義名分のある義の戦いなのである。勅許を得ての戦いならば、家臣領民の支持を得られ、他国も大義名分の所在に異を唱えることは出来ない。

朝廷や幕府といった旧来の権威を尊重しながらも最大限利用する、クールな景虎である。

【武田軍、信濃へ出兵】
翌年、信濃への武田軍出兵の準備に忙しい甲斐府中。

春日虎綱は、勘助を呼び止めた。
そして、村上を逃すことが上策と思うが勘助はどう思うかと問う春日。
村上が生きていれば、越後の長尾景虎はあくまで村上の援軍であり、信濃を領地とすることはない、という理由である。

これは勘助も同意見であった。
同時に、春日の知恵と、晴信の人を見る目に感嘆する勘助である。

そして武田軍は信濃へ出兵。
まずは真田幸隆と相木市兵衛の調略により、村上方の武将の多くが武田方につき、村上義清は孤立した。

軍議の後、勘助は晴信と二人きりで密談、村上を見逃す方針を確認し、その手筈を相談する。
ここら辺は、勘助が策を献ずるまさに軍師に見えた。

【村上方、越後脱出作戦を決定】
一方、追い詰められた村上義清は、軍議を開いていた。
軍議の席には、平蔵の姿も見えた。
百姓の少年が、出世したものである。

義清は、味方を調略で切り崩され、もはやまともな戦にはならないことを認め、越後へ落ち延びること決定。
そして、自らは敵中突破し、妻女たちは安全なルートを通って越後へ逃れる脱出作戦を命ずる。

なお軍議の前、平蔵はヒサとしばしの別れの言葉を交わしていた。
この時、ヒサは結婚しても平蔵を呼び捨てなのがおもしろい。

【村上義清、越後へ脱出】
村上義清は、脱出作戦を決行する。
義清と嫡男・国清たちは、千曲川の浅瀬を渡河。

この方面を担当する春日虎綱は、これを作戦上見逃した。
激戦を覚悟していた義清たちであったが、あっさりと越後へ落ち延びた。

【村上の妻・玉ノ井、平民に頭を下げる】
一方、義清の妻・玉ノ井は、侍女たちを率い、千曲川の深みを舟で渡ろうとする。
この時、護衛の村上兵たちは、地元の船頭を脅し、無理矢理舟を出させようとする。
恐怖に震え、嫌がる船頭である。

が、玉ノ井は船頭に頭を下げ、せめてもの礼にと笄を渡し、舟を出してくれるよう頼む。
身分制社会であるこの時代、領主の妻が平民に頭を下げるなど、考えられないことである。
領主の奥方に頭を下げられ、恐縮する船頭であった。

たとえ相手が下位身分であっても、人にものを頼む以上は礼儀を尽くす、玉ノ井は立派に思えた。

【玉ノ井、自害】
ところが、馬場信春が手勢を率い、村上義清が脱出をはかるなら逃亡ルートはここだろうと、待ち伏せしていた。
義清を討ち取る気全開の馬場である。

馬場は、まずは弓を射掛けさせて村上兵を討ち取り、続いて突撃を命じた。
殺到する馬場の軍兵を見て、玉ノ井は自害した。

続いて侍女たちも自害、ヒサも自害しようとするが、寸前で馬場に止められた。
馬場はかつて諏訪頼重との戦いの際、ヒサの父・矢崎十吾郎の元へ潜入したことがあり、ヒサとは顔見知りであった。

ヒサを見逃す馬場だが、ヒサの目から終始敵意が消えることはなく、馬場の顔に唾を吐きかけ、去った。
最近はタカ派発言の多かった馬場だが、今回の出来事は馬場の心に何を残したのだろうか。

【村上義清、長尾景虎と対面】
越後へ逃れた村上義清は、長尾景虎と対面する。
武田の勢力圏は、越後春日山城の間近に迫っていた。
宇佐美定満も、危機感を示す。

義清は、兵をお貸しくだされと景虎へ頭を下げる。

義のために戦う景虎だが、義を実現する勝算が立ってこそ兵を動かす冷静さを決して失わない。
だから、関東管領の関東出兵要請には、なかなか首を縦に振らないのである。
が、戦機と見れば、景虎の決断は早い。

景虎は、義清の援軍要請を即決で了承。そして武闘派・柿崎と大熊に、信濃への出陣を命じた。

ここら辺、景虎の決断の早さは格好良かった。

【ヒサ、越後で平蔵と再開】
ヒサも越後へたどり着き、平蔵と再開した。

戦乱に翻弄され、故郷を追われ、遂に遠く越後まで流れ着いたヒサと平蔵。
平蔵は、すっかり武田への怨みに凝り固まっているが、ヒサはどう思っているのだろう。

武田家の勢力拡大は多くの敗者の所領と命を奪ってのものであり、ヒサと平蔵は、乱世の犠牲者の象徴の一つと言える。
「風林火山」は、戦国時代を武田家の単なる高度成長物語とは描いておらず、これが魅力の一つである。

【長尾景虎、武田晴信との直接対決を決意】
景虎の援軍を得た村上義清は、信濃へ攻め込み、たちまち旧領を奪い返す。
が、武田の反撃により、わずか3ヶ月で撤退に追い込まれてしまう。

ついに景虎は、晴信との直接対決を決意する。

【予告】
次回はいよいよ、景虎と晴信の直接対決の幕開けである。
これが「風林火山」最大の楽しみだったのである。

川中島の戦いは、1553~64年に渡り、計5回に及ぶという。
次回は、第一次合戦である。

実は未だ軍陣も合戦も描かれたことの無い武闘派揃いの長尾家臣団の活躍に、そして合戦描写に期待したい。

この記事に対するトラックバック

この記事のトラックバックURL

この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

風林火山~第38話・馬場信春大活躍!

風林火山ですが、武田晴信(市川亀治郎)いよいよ村上退治に乗り出します。しかし、ご舎弟・信繁公から「母上の喪があけておりませぬ」と言われ、飯富虎昌(金田明夫)から「太郎様の婚儀が」など冠婚葬祭の為なかなか難しいようです。(風林火山、第38話・村上討伐の感...

  • From: 一言居士!スペードのAの放埓手記 |
  • 2007/09/24(月) 15:05:16

この記事に対するコメント

この記事にコメントする

管理者にだけ表示を許可する

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。