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戦う石橋湛山(半藤一利/中公文庫)

  • 2007/07/05(木) 00:13:15

石橋湛山(1884~1973)は、戦前はジャーナリストとして活動、戦後は政界入りし、一時首相(1956年12月~1957年2月)になった人である。

本書「戦う石橋湛山」は、石橋湛山の言論活動を中心に、昭和初期(1930年代)の軍部の暴走に対する日本マスコミの動きを記した本である。

【戦前の日本の国策】
戦前の日本では、1904~1905年にロシア帝国との間で繰り広げられた日露戦争の勝利で得た権益を守り、拡大することが国策とされていた。

日露戦争では、日本はロシア帝国と朝鮮半島・満州の権益をめぐり戦った。そして10万人の犠牲者と20億の国費を費やし、どうにか戦争に勝つことができた。
この結果、日本は大陸に大きな権益を得た。以後、「莫大な犠牲を払って得た」大陸の権益を守り拡大することが日本の国策となったのである。


【小日本主義】
これに対し、石橋湛山は、朝鮮半島・台湾などの植民地からの収入、維持にかかる支出、当時の国際情勢を分析、以下のような植民地放棄を説いた。

「植民地から得られる利益は、米国など各国との貿易からの利益よりはるかに少なく、実はたいしたものではない。むしろ植民地や中国での反日感情を高め、かえってこれらの国々との経済発展を阻害している。

国防上、植民地が必要との意見もあるが、土地が狭く資源の乏しい日本列島を占領しても何の利益にもならず、日本占領を狙う国などない。
日本と各国との対立は、実は植民地を巡る対立である。植民地があるから戦争がおこるのである。

さらに、植民地の人々は外国人の支配を決して喜ばず、いずれ世界中の植民地は独立を果たす。
たとえ植民地から大きな利益が得られるとしても、いずれは失うものである。どのみち失うものならば、自ら棄てたほうがよい。
植民地に独立を認めれば、彼らは日本の支持者となる。さらに、世界の弱小諸国も日本を支持するようになり、これによって得られる利益は計り知れない。

植民地を放棄し、独立を認めるべきだ。その方がはるかに国益となる。」

石橋湛山はこのように考え、「小日本主義」を唱えた。


【戦前の世界の世論】
さらに、第一次世界大戦から昭和初期までの世界の世論は、以下のようなものだった。

1914~1918年に主にヨーロッパを戦場として繰り広げられた第一次世界大戦では、戦闘員の戦死900万人、非戦闘員の死者1000万人、負傷者2200万人という前代未聞の犠牲者を出した。戦地となった各国の国土は荒廃、産業は大きく破壊された。

膨大な犠牲者を出し無残な荒廃ばかりが残った各国は、平和と軍縮を望み、国際連盟を結成した。さらに軍拡による財政圧迫からの解放と平和を望んで軍縮会議を行ない、日本を含めた各国間で不戦条約が結ばれた。

第一次大戦の地獄のような記憶が生々しいこの時代、武力による領土拡大は厳しく批判されることであり、これを強行することは、国を危うくすることだった。


【軍部の暴走と日本マスコミ】
1930年、軍縮をめぐって統帥権干犯問題がおこると、昭和のマスコミは軍部の横暴を批判し、政府の対応を支持した。

しかし、1931年に満州事変が起こるとマスコミは一転し、軍部による大陸侵出を支持。日本の世論を「満蒙は日本の生命線」という方向に誘導するのに大きな役割を果たした。
そして当時の軍は世論を恐れていたが、自分たちが支持されると強気になり、満州での軍事行動を強行していった。

日本の満州占領に対する各国や国際連盟の批判に対し、日本のマスコミはヒステリックに反論した。
「たとえ国際的に孤立しても、日本の主張が受け入れられねば連盟を脱退すべし」という、当時の世界情勢を無視した現実離れの強硬論を展開。世論をこの方向に誘導するのにも大きな役割を果たした。
軍は政治に干渉し、世論の支持を知ると強気に国際連盟脱退を進めた。
この結果、日本は国際的に孤立し、外交的にも苦境へと陥っていった。

こうして昭和のマスコミは「新聞は戦争とともに繁栄し、黄金時代を迎える」という説を証明することになった。センセーショナルな報道で新聞は栄えたが、世論を危険な方向に導き、国は危うくなっていった。

石橋湛山はこれらの動きに対し、「満州から撤退すべきだ」「国連にとどまるべきだ」「国際的孤立は避けるべきだ」と説き続けたが、全くかえりみられなかった。

そして戦争支持の熱狂の中、日本は戦争への道を突き進み、1945年に無残な敗戦という結末をむかえる。


【感想】
昭和のマスコミは、軍部によって言論の自由を封殺され、止む無く軍の横暴を支持する記事を書かされていたようなイメージがある。

しかし実際はそうでもなく、自らすすんで軍を支持し、日本の世論を危険な方向に導くことに大きな役割を果たしたようすは興味深かった。

また、世論が戦争支持に熱狂する戦前戦中の日本で、自由主義の立場から堂々と「植民地の解放」「国際協調」「戦争反対」を述べつづけ、その説がほとんど省みられなくても決してくじけないのは立派に思えた。

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